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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)1092号 判決 1968年11月12日

原告

村本裕

ほか二名

被告

一村鉄鋼株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自原告村本裕に対し金四〇万円およびこれに対する昭和四三年二月一八日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告村本裕の被告らに対するその余の請求および原告村本淳および原告村本アヤ子の各請求を棄却する。

訴訟費用は、原告村本裕と被告らとの間においては、同原告に生じた費用の五分の三を被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告村本淳、同村本アヤ子と被告らとの間においては全部右原告両名の負担とする。

この判決は、原告村本裕勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告らは各自原告村本裕に対し金五〇万円、原告村本淳、同村本アヤ子に対しそれぞれ金一〇万円および右各金員に対する昭和四三年二月一八日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三、請求の原因

一、(事故の発生)

原告裕(事故当時四才)は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四二年五月一三日午後三時一五分頃

(二)  発生地 東京都品川区西五反田七丁目二五番一二号先道路

(三)  加害車 普通貨物自動車(品川四ほ七三四三号)

運転者 被告富田

(四)  被害者 原告裕(歩行中)

(五)  態様 被告富田は、時速約一五粁で進行中、進路前方左側端寄りに、原告裕と共にたわむれていた幼児二名が道路右側へ横断してきたのを前方約一一米の地点に認めたので、警音器を鳴らして進行したところ、右二名は道路右側に横断を終つたので前記速度のままで同原告の右側を通過しようとした際、左から右に横断して来た原告に右自動車を衝突させた。

(六)  被害者原告裕の傷害の部位程度は、次のとおりである。

入院加療約八〇日の治療を要する左後頭部裂傷、左大腿骨骨折

(七)  また、左脚の発育不全(右足より左足が短かくなり跛をひくこと等)の後遺症がある。

二、(責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

(一)  被告会社は、加害車を業務用に使用し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

(二)  被告富田は、事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。

前項(五)記載のように、共にたわむれていた二名が右へ横断した場合、幼児は往々にして遊戯仲間にならつて行動することが予想され、原告裕は前記自動車に背を向けており、車の進行に気づかず仲間を追つて道路を横断するおそれがあつたので、被告富田としては、同原告の動静には十分注意して更に警音器を鳴らすと共に最徐行し安全を確認すべき業務上の注意義務があるにも拘わらずこれを怠り、慢然と従前の速度で進行したものである。

三、(損害)

慰藉料

原告らの本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情および原告裕の成長に伴い受ける精神的苦痛、原告裕の両親として原告淳および同アヤ子の受ける精神的苦痛は計り知れない程絶大であることに鑑み原告裕に対しては金五〇万円、原告淳および同アヤ子に対しては各金一〇万円が相当である。

四、(結論)

よつて、被告らに対し、原告裕は金五〇万円、原告淳および原告アヤ子は各金一〇万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年二月一八日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四、被告らの事実主張

一、(請求原因に対する認否)

第一項中(一)ないし(四)は認める。(五)は警音器を鳴らしたことを認め、その余は否認する。(六)は傷害の事実は認めるが、部位程度は不知。(七)は否認する。

第二項中、(一)被告会社が運行供用者であることは認め、(二)被告富田の過失は否認する。

二、(事故態様に関する主張)

被告富田は、原告主張の自動車を運転し、第二京浜国道から中原街道方面に向うべく本件事故現場手前二五米にさしかかつた際、道路中央で小学生(四・五年生位)二人が遊んでおり、道路左側に原告裕が立つていたので時速一五粁に減速し徐行しながら警音器を五、六回継続して鳴らし、同人らに対し注意を喚起したところ、小学生二人は右側に避けたので、原告裕および小学生らの動静に充分注意しながら道路中央を通過したところ、原告裕が突然右側に駈け足で横断しようとして右自動車の後部荷台附近に自ら接触し負傷したものである。

なお、本件事故現場の上部では高速道路工事中であつたが、通行禁止となつていたのは左側部分だけであり、被告富田運転の前記自動車の通行していた部分は通行禁止となつてはいなかつた。

三、(抗弁)

(一)  免責

右のとおりであつて被告富田には運転上の過失はなく、事故発生はひとえに被害者原告淳、同アヤ子が四才の幼児である原告裕を交通頻繁な道路で遊ばせた過失と原告裕が突然飛び出して前記自動車に接触したことによるものである。また、被告会社には運行供用者としての過失はなかつたし、加害車には構造の欠陥も機能の障害もなかつたのであるから、被告会社は自賠法三条但書により免責される。

(二)  過失相殺

かりに然らずとするも事故発生については被害者原告側の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

(三)  損害の填補

被告会社は本件事故発生後、原告らに対し治療費等として金四九万七、九四〇円を支払つているから、原・被告の過失割合に鑑みると、既に被告の過失割合に応じた賠償義務は全額履行済みである、

第五、抗弁事実に対する原告らの認否

(一)  免責の抗弁は否認する。なお、本件道路は、高速道路の下部に当り、事故当時は上部高速道路が工事中のため自動車の通行が禁止されていたため子供らの遊び場となつていた。

(二)  過失相殺の抗弁は否認する。

(三)  治療費等を被告会社が負担したことは認めるが、その額は知らない。

第六、証拠関係 〔略〕

理由

一、(事故の発生)

請求原因第一項中、(一)ないし(四)は当事者間に争がない。そこで事故の態様について判断するに、〔証拠略〕によれば、本件事故現場は事故当時、高速道路工事のため、被告富田運転の車の進行方向の左側は通行禁止となつており、右側のみが通行可能でその通行可能部分の幅員は七・九米で、アスフアルト舗装であり、交通は閑散としており、進行方向右側端には数台の自動車が駐車していたこと、被告富田は、第二京浜国道方面から中原街道方面に向い時速約一五粁で右通行可能部分のほゞ中央を進行して来たところ、左側前方約一四米先に原告裕および同原告と共にたわむれていた幼児二名を発見してブレーキペダルに足を軽く乗せて約八米進行したとき、右両名が自動車の前方に出て来たため警音器を三、四回鳴らしたので、右両名は道路の右側へ横断を終つたので更に約八米進行したところ、原告裕が突然右側へ横断を開始し右自動車の左後輪に接触したことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

次に、〔証拠略〕によれば、原告裕は右事故により、左大腿骨骨折、左足右腰部挫傷、頭部裂傷の傷害を蒙り、桜井病院に事故当日の昭和四二年五月一三日から同年七月三一日まで八〇日間入院して治療を受けたが、軽度の跛行を遺すことになつたこと、右足より左足が約一糎短かく、遊戯をしても疲れやすい状態になつたことが認められる。

二、(責任原因)

(一)  被告会社が加害車の運行供用者であることは当事者間に争がない。

(二)  そこで、被告富田の過失について判断するに、前記認定の如く原告裕と共にたわむれていた二名の幼児は加害車の前方を左から右へ横断したのであるが、かかる場合、幼児は往々にして遊戯仲間にならつて行動するものであり、しかも前記証拠によれば同原告は加害車に背を向けていたことも認められるので、自動車運転者たる被告富田は同原告の動静には十分注意し更に警音器を鳴らす等して安全を確認すべき業務上の注意義務があるにも拘わらず、これを怠たり従前の速度で進行した過失が認められる。

(三)  右の如く、被告富田に過失が認められるので、被告会社の免責の抗弁はその余の点について判断するまでもなく失当である。

三、(損害)

原告淳および原告アヤ子は、それぞれ原告裕の父又は母として原告裕の傷害によつて精神的苦痛を受けたことを理由として、慰藉料の請求をしているが、第三者の不法行為によつて身体を害された者の父母は、そのために被害者が生命を害された場合にも比肩すべき、又は右場合に比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を受けたときに限り、自己の権利として慰藉料を請求できるものと解するのが相当であるところ、本件においては、前記認定の如く、入院期間は八〇日であつて退院後の跛行の程度は軽度であり、左足が右足より短かいのは一糎であることに鑑みれば、生命が害された場合にも比肩すべき、又は右場合に比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を原告淳および同アヤ子が蒙つたものとは認められない。したがつて、原告淳および同アヤ子の慰藉料請求は認められない。

そこで、原告裕の慰藉料について判断する。被告富田に過失のあることは前記認定のとおりであるが、本件事故当時被害者たる原告裕が四才であつたことは当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば事故の直前、原告裕は母親の原告アヤ子より一足先に戸外へ出て本件事故現場に至つたことが認められ、右諸事実を総合すれば、原告側にも二割の過失があつたものと認めるのが相当である。又、〔証拠略〕によれば、被告会社は治療費等として約五〇万円を既に支払つていることが認められる。右の如き事実と、前記の如き傷害の部位・程度ならびに事故の態様等諸般の事情を総合すると、原告裕の慰藉料としては金四〇万円が相当である。

四、(結論)

よつて、原告らの本訴請求は、原告裕が被告らに対して金四〇万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年二月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度において理由があるのでこれを認容し、同原告のその余の請求およびその余の原告らの請求は理由がないのでこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠田省二)

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